自宅警備中
いまのところは異常なしです。
って、自宅じゃないし、会社の寮だから。
東大山岳スキー部の新井監督、北アルプスで遺体発見 asahi.com
新井裕己氏とは面識も何もないけれど、彼のスキーについて以前書いたことがある。手元のROCK&SNOW39では氏の連載「ハードコア人体実験室」が最終回である。この連載の文章はインターネットスラングを多用していて面白かった。インターネットスラングってのは要するに2ちゃんねる語のことな。
そして最終回冒頭、
春はお別れの季節です、と、おニャン子クラブの時代から決まっておることには同意せざるを得ないハードコア人体実験室にようこそ。
となっている。で、ブログのほう
Laboratorism - 新井裕己のハードコア人体実験生活(いまはつながらないね)みたら、22日の五龍岳滑降のエントリーからasahi.comの記者は「かなり神経使いながら一歩一歩命がけ」の部分を引用しているが、わたしはこっちを引用。
ということで、春なのに(柏原芳恵・作詞作曲中島みゆき)、ファットなH112+Dukeで出動。
そうだよ。春なのに、お別れの季節なんだよ。合掌。
サカエチカの鎌倉文庫で購入。
3年で辞めた若者はどこへ行ったのか 城 繁幸 ちくま新書
八幡神と神仏習合 逵 日出典 講談社現代新書
「3年で、」は「若者はなぜ3年で辞めるのか?」光文社新書の続編である。20の昭和的価値観をモデルケースにだして、そこから離れて活躍する若者を描くってことなんですが、
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20080422/153926/
この書評を読めば、本書を読む必要がない。 営業妨害ちゃうん、という書評です。
10連休の2日目。やるきねえ、です。
10連休なんだけれど、5月4日と5日は出勤するので、実質8連休ですが。それでもあと一週間はまるっと休みですよ。やるきねええですが。
酒を呑んで終わりそうです。
あと三年。三年前に何をしていたのだろうと現在までを振り返ると三年なんてあっという間なんだろう。
「アナログ放送終わります」テレビ画面に常時字幕へ asahi.com
ということで、2011年のアナログ停波の三年前となる今夏から常時字幕を出して周知をはかるそうです。親切ですよね。忘れそうになることを常時表示してくれるなんて。
停波三年前の現時点で世帯普及率は28%。三年で100%までもっていくのは無理だろーな。ワンセグ携帯を入れて90%とか数字を作りそうですが。
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佐藤優さん追っかけブログESPIOが、いまは鳥インフルエンザ情報ブログに。
http://espio.air-nifty.com/espio/
RSSで記事のタイトルだけを読みすすめると、少しずつ日本に近づいてくる。韓国で鳥インフルエンザが広がっており、日本上陸は間近だろうか。
芋電っていうなー。千本電話のほうが、かっこいいよな。
携帯電話 H11T イー・モバイル
http://emobile.jp/products/t/h11t/
サイトを見るかぎりでは、わかりにくいが、PCのモデムとしても使えるようである。
かなり優れた“Bluetoothモデム”だ──イー・モバイルの「H11T」をデータ通信端末として使いこなす ITmedia
私のように、年に一回は引っ越しをしていると、ADSLというのは契約が面倒で割高になる。そういう意味でイーモバイルの端末は魅力的でありエリアが広がってきた。三重県でも鈴鹿市でも使えるようになってきた。http://emobile.jp/area/tokai.shtml
WILLCOMって、やばくね。とも思いますが。
かといって、携帯電話もこれ一台だけですませることは難しいけれど、選択としてはありかと。
H11Tは携帯電話が音声定額とデータ通信定額(PC接続含む)になる方向性を示す端末である(はずだと思いたい)。
北京オリンピックの聖火リレーって鬼ごっこみたい。
祭りなんてものは、はじまってしまえば、あわただしいだけ。
開始まえの準備しているときがわくわくした充実感があるのでしょう。
いまが一番楽しいのかも。北京オリンピックはもう始まっているのかも。
おっさんのちんことタバコを吸って、謹慎をされていた加護亜衣さんのインタビュー映像。かわええええのうううう。
以前、「広末涼子、浄化計画」なるCMがあったことをおもいだしました。
http://kirik.tea-nifty.com/diary/2008/03/post_0a5c.html
この記事よむと、あのCMって毒があったんだな、とおもいましたよ。
あんまり間隔があくのもなんなんで、ちょっと更新しとこか、と。
ウィキペディアで浜松市の項をよんでいたら、
820年 - 遠江国と駿河国の新羅人が反乱を起こす。
と、あった。
静岡に新羅人?さらに新羅の項から新羅の入寇にすすむと、平安時代に朝鮮半島から日本への挑発行為があったようです。挑発でおk?侵略だとまずいのかな。外患もだめか。
ニホンゴムヅカシイネッ!日本語が難しいのでなくて、日本の状況は難しくて、けっきょく黙らざるをえない、か。
そのようなことが、たびたびあったんだなと。
刀伊の入寇とあわせてかんがえると、むしろヴァイキングに比したほうがいいのだろうか。
浜松での反乱にもどると、弘仁新羅の乱にあった。
『紀略』弘仁十一年(820年)2月26日の条にみえる在留民の乱。遠江・駿河両国に配置した帰化人700人が党をなして恩に叛いた。 「人民を殺し屋舎を焼く」と記された乱民は、やがて伊豆国の穀倉を破り船を盗むなどした。二国の兵ではすみやかに捕まえることができず、関東など7ヶ国の援兵による人海戦術でいぶり出し、ついに罪に服した。帰化人には口分田と当面の生活費が与えられたが、かれらはおそらく博多などに土着して本国と違法な交易を目論んでおり、それを見透かされ東国に移されたことを逆恨みしたものと推定される。
ですって。
違法な交易のもくろみを見透かされて、逆ギレして反乱という、殺伐とした世界史にほほえみのエピソードを提供してくれる新羅人って素敵やん。被害にあった方には申し訳ないですが。
貞観五年(863年)に丹後国にやってきた54人は「新羅東方の細羅国人」といってだんまりを通した例がある。
戦後にも似たような話があったような気がするのは、気のせいなんだろう。こうして入寇した人々は、その後、どうなったんだろうね。興味がつきない。
外寇があって、反動として進出があるのか。そこらへんの押したり引いたり加減って、どうなのかと。考えたよ。ってだけっす。
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